インドア日記

ひきこもり系オタクのアウトプット置き場。アニメ、ゲーム、読書感想など。思いついたことを書いたりしています。

感想『わたしを離さないで』★★★★☆

 

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

 

 タイトルは知っているけど読んだことないので、読んでみた。

 

 

 もうすぐ介護人という仕事を辞めるキャシー・Hが自分の半生を振り返る形で物語は進んでいく。文体は落ち着いていて、淡々としている。

 冒頭から「提供」とか「介護人」など不穏な単語が散りばめられているが特に説明がされることなく、キャシーがまだ子供だった頃、ヘールシャムという学校の生徒だったころから始まっていく。

 びっくりしたのが、海外の小説だからもっと直接的に感情をぶつけあったりするのだろうと思っていたのに、それが無かった。

 キャシーという女の子のスタンスなのかもしれないけど、空気を読んで相手の地雷――ここを突っ込めば相手は怒って今までの関係が無くなってしまうだろうなというラインといったほうがわかりやすいかな――がわかっていて、それが避けながら付き合っていたことだった。

 喧嘩もわかりやすく発生するものではなく、仲直りも「ごめん」と素直に謝って終わるでもなく「自分はもう怒っていないですよ」という雰囲気をいかに相手に伝えるかだったりした。それが意外だった。(でも子供ってそんな感じかもしれない…。大人が思うような子供じゃないのだ…)

 そしてそれは作品全体に対しても同じだと思った。

 核心を直接的に伝えるのではなく、核心の周りを丁寧に描写することで読者に伝えたいような…そんな感じがした。

 それはヘールシャムの先生たちが生徒たちに行う説明と同じような気がした。

 

 

 驚いた点その2として、このお話は子供たちが背負う使命の内容からSF風味だけど、物語としては男女の三角関係のお話のように感じた。

 キャシーと親友のルース、トミーの三角関係。

 冒頭からてっきりキャシーとトミーの二人がくっつくのかな…と思っていたけれど、トミーとルースがカップルになる。キャシーは二人の良き親友、理解者であり続けて、何度か関係が壊れそうな危うい時もあったけど乗り越えてきたが、結局はキャシーは二人から離れて行ってしまう。時が経ち介護人として二人に再会するキャシーだったけど、最終的に二人は使命を果たしてキャシーの側からいなくなる。

 私としては、ずっと子供たちが背負っている使命と本のタイトル『わたしを離さないで』がどう結び付くのか。読む前までずっと不思議に思っていた。

 子供の頃のキャシーが好きな歌で『わたしを離さないで』という歌があり、作中でもその歌に関わる話がある。

 ストーリーを読み終わった後はタイトルを「わたしを置いていかないで」と、もっと単純に解釈してみたら、上記の不思議がスッキリした。

 キャシーのことが周囲から置いていかれていると感じたんだな。

 親友たちも最後には自分の周りからいなくなり、同じ使命を持っているのに介護人として優秀だから「お前にはわからない」と言われるようになったり…。

 そして彼女がヘールシャムという過去を語るようになったとき、それまでは相手も聴いてくれていたのに、段々と相手もその話題を避けるようになったのが印象的だった。

 キャシーが「過去」の象徴として置いていかれる感じがした。

 相手としては未来のことを考えていたいのに、あるいは今に対して向き合っていたいのに過去の思い出ばかり話されるのはなんとなく癪に障るのはわかる…。しかし、このキャラクターたちのことを考えたら未来に待っているのは…と思うと切ない。

 

 

 驚いたポイントその3としては、これは勝手に決められた運命に抗って戦う物語ではないということ。

 子供たちが背負っている使命に関して言えば…割とこういう話はよく見かけた。

 未読だけど『約束のネバーランド』とかそういう話しっぽい。

 だからてっきり、戦って自分たちの運命を勝ち取るのかな…と思っていたけど、そんな話ではなかった。

 子供たちは普通の子供と同じように教育を受け、普通の子供の成長と同じように性に目覚めて誰かと付き合って…そして大人になって葛藤はしたりしただろうが、使命を受け入れていく。

 嫌だったら逃げればいいじゃん! 大人なんだし戦えばいいじゃん!とも思ったりもしたんだけど、それは反抗する相手がわかっている場合だからできることなのかもしれない…と思ってしまった。

 

 

 冒頭ではキャシーが仕事をもうすぐ終えて、読んでいるこちらから見れば穏やかな休みが待っているだろうと思っていたけれど、最後まで読んでみると、彼女には使命が待っている。淡々とした落ち着いた文章も、その使命を受け入れているというあらわれだったりするのかなあ…。

 

 

 この作品のラストはハッピーエンドであるとは言えないし、でも単純にバッドエンドだとも言えない。衝撃的なラストでもない。言葉にできない読後感でいっぱいになってしまった。